地名の由来 「猪苗代」

猪苗代の名のおこりは磐椅明神が昔、野猪に苗代を耕作させたのでそう呼ぶようになったという説や、イナワシロはアイヌ語だという説などがありますが、定説はありません。
しかし、稲作農業と深い関わりがあったことだけは確かです。
磐梯山や猫魔火山の大規模な噴火活動によって、猪苗代が現在のような形になったのは約4万年から5万年ほど前と推定されていますが、いまから1万2000年前頃にはすでに湖畔には先住民が住んでいたと想像されています。

磐梯山麓を中心にした遺跡の標高は最も低くても510mくらいあります。
このような標高の高いところに遺跡が多いのは猪苗代湖での魚介類や山奥の渓流にも魚影が多く、狩猟は広大な山麓を中心にして行われ、谷間に追い落とす巻狩りや湖沼に追い込むなどの方法で動物を捕獲し、食肉や衣服に利用したものと思われます。

自然豊かな原始時代にあっても磐梯山周辺は格別に食料獲得が安易だったのでしょう。
山麓に点在する遺跡の多くは、繰り返す火山活動によって泥流下にあると推測されていますが、特に猪苗代湖に面した東南の山麓には多くの縄文時代からの遺跡がみられ、なかには縄文時代以前のものも散見します。
さらには長浜、蟹沢浜、三城潟の湖底には縄文から古墳時代までの遺跡が確認されています。